苺ましまろ萌え落語
「初詣」


昔からよく『這えば立て 立てば歩めの 親心』と申します。お子さんも二つ、三つ、とだんだんと大きくなって参りますと、まことに可愛らしゅうございます。
だんだんと言葉を覚えましてね、なんか小生意気なことを言う。四つ、五つくらいの子が大人が言うような生意気なことを云いますと、これがまた可愛い。
『へっへっへ、この子、こんなこと言うようになったか。大きくなったなぁ』てなことを言いまして、親も喜んでおります。
ところが、これが六つ、七つを過ぎまして十一、十二ともなってまいりますと、これはちょっと様子が違って参りまして………


「千佳、ちょっと着物出して。いや、着物を出してくれ、って」
「またお姉ちゃん、着物なんて着てどこ行くつもり?」
「どこって、お前、初詣に決まってるじゃないか」
「あぁ、そっか。お姉ちゃんバイトあったから昨日一緒に行けなかったんだ。じゃあ行って来るといいよ。あ、そういえば昨日茉莉ちゃんとアナちゃんは一緒だったんだけど、みっちゃんは用事があってこられなかったんだ。もうちょっとしたら来るから、みっちゃんのこと連れてってよ」
「いや、それは勘弁してくれ。あの美羽の奴連れて外へ出るの、あたしもう懲りごりなんだよ。あんなたちの悪い小娘ないよ。あぁ、もう、外へ連れていったら、あれ買って、これ買って、それ買って、どれ買って、ごちゃごちゃ言いやがって。近頃ではちょっとあたしが叱ると、クソ生意気に口応えしやがるんだよ。もうつくづく愛想が尽きてんだよ。千佳、せっかくだけどね、あれはもうとてもあたしの手には負えないんだ。悪いけど、勘弁してくれ」
「あけおめ〜、日本一の美少女美羽ちゃんですよ〜。今年もよろしくお願いされてやってもいいのだ〜」
「やかましぃっ! 聞いたか、千佳! いやらしい奴だなぁ………あいつは。あんなことぬかすだろ、だからあたしはあのガキ、連れて歩くの嫌なんだよ」
「そんなこと言わないで連れて行ってって言うのに………みっちゃん、お姉ちゃんが、これから初詣に行くの。あんた、連れていってもらいな。その代わり、今日はね、いつものようにあれ買ってこれ買ってグズグズ言ったらダメだよ。おとなしくしてたら、お姉ちゃんいつでも連れて行ってくれるから、いい? わかった?」
「うん、わかったよちぃちゃん!」
「お姉ちゃん、ちゃんとこうやって言うこと聞く言ってるし、連れてってあげてよ」
「ダメダメ! こいつはうちではフンフンってうなずいてるけど、外へ出たらじきに正体見せるんだから」
「そんな伸恵おねえちゃん、化け物みたいに言わないでよ」
「ダメったらダメ!」
「どうしても?」
「当たり前だよ! あたしはね、言い出したらテコでも動かないの! いっぺん連れてかないって言ったら、殺されても連れてかない!」
「あぁ、そう。なら連れてってくれなくてもいいよ! そのかわり、あたしにも覚悟があるから」
「なにぃ、覚悟があるぅ? 覚悟って、どんな覚悟があるんだよ?」
「あのね、お姉ちゃんがどうしても連れてってくれないんだったら、あたし、この間の一件、全部ちぃちゃんにしゃべっちゃうから! うふふふ…ちぃちゃん?」
「なに、みっちゃん」
「ちょっとちぃちゃんに、折り入って話があるの」
「あらたまって、何?」
「あのね、伸恵おねえちゃんがね、この間ちぃちゃんが出かけてる間に、アナちゃんを連れ込んで『よいではないかよいではないか』『ああ、お姉さま御無体なぁっ』って…」
「バカバカバカバカ! どうして知ってるんだよ! ああもう! 連れてってやるから!」
「あ、ちぃちゃん、お姉ちゃん、初詣に連れて行ってくれるって。お姉ちゃん、本当に連れていってくれるの?」
「あんなことしゃべられたら、連れていかなきゃしょうがないじゃないか。本当、どうにもこうにもならん奴だなぁ………」

さて、ふたりがお参りしようとやって参りました。お正月でございますので、たくさんにお参りの方々が見えております。またこのお参りの人を当て込みました食べ物屋が道の両側にズラリと軒を並べております。

「おい、美羽、お前、きょうはえらく大人しいなぁ、えぇ。そうやっていつでも大人しくしてたら、これからどこに行くのも、こうやって連れて来てあげる」
「うん! お姉ちゃん、あたし、今日、えらいでしょ?」
「あぁ、えらい、えらいよ。いつでもこうやってないとダメだぞ」
「うん、わかった! ねぇ? 本当にあたし大人しくしててえらい?」
「あぁ、えらいえらい、大人しくていい子だな美羽は」
「うん! でね、こうやって大人しくしてるんだから、お姉ちゃん、ここらでひとつ、何かご褒美というようなものを、買ってやってはいかかでしょうなぁ」
「………アホらしくなってきた。誉めたら誉めぞこないだよまったく。こら、美羽、お前、子供がなんつー物言いをするんだよ! 『ご褒美というようなものを買ってやってはいかがでしょう』? お前はどこぞのおっさんか! 相談事するように言いやがって、アホ! あのな、子供ってなもんはな、もっと子供らしいもんだぞ。欲しいものがあったら、よその子みたいに、『お姉ちゃん、あれ買ってぇ、これ買ってぇ』と、可愛らしく言えんのか?」
「(変にしなを作って)お姉ちゃん、あれ買ってぇぇん」
「………おまえにそう言われると、余計に憎たらしいなぁ。なんだよ、何が欲しいんだよ?」
「向こうに売ってる、あのミカン、買ってぇ」
「なにぃ、ミカン…? 美羽、ダメダメ、ミカンは毒だ」
「お姉ちゃん、ミカン、毒なの?」
「あぁ、毒だ、毒だ」
「なんで毒なの?」
「なんで、って、お前、ミカンを皮ごと食べるだろ? あの皮がなぁ、お腹の中でプーッと膨れて胃に悪いの。だから毒だって言ってるの。あたしはね、お前の身体のことが心配だからそう言ってんの」
「あ、そうか………ミカンが毒なら、あの干し柿にしようか」
「干し柿も毒だ」
「干し柿はなんで毒?」
「あれは腸を冷やす、腸に悪い」
「そうか………だったら、あの高級リンゴにしようか」
「なにぃ、高級……ダメダメ、リンゴも毒!」
「お姉ちゃん、ちょっと聞くけど、リンゴが毒なの? 値段が毒なの?」
「何をぬかすかこの! あたしが毒だって言うんだから、毒なんだよ!」
「じゃあ、あのバナナ」
「毒だっ」
「お姉ちゃん、この辺の店、毒ばっかり売ってるんだね。これでよく当局が出店を許可したよ……」
「また、そんな生意気なことを! だから、あたしはお前連れてくるの嫌だったんだよ!」
「お姉ちゃん、それなら、子供に毒じゃないものって言ったら、何があんの?」
「まぁ、子供に毒じゃないものって言ったら…アメか」
「あっ、お姉ちゃん、アメだったら買ってくれる?」
「おお、売ってたら買ってあげる」
「後ろの店で売ってるよ」
「え? ………先に見といてこういうことぬかす………この小娘は、ほんとに悪い奴だ…アメ屋!」
「へい、いらっしゃい」
「こんなところに店出すな!」
「そんな無茶言いなさんな」
「無茶でも何でも、あたしがこいつ連れてきたら、店休め!」
「無茶言わないで下さいよ。神社の前に店出しといてこの正月に休んで、いつ商いするんですか。きょうは一番の掻きいれ時ですよ」
「あのな、こうして子供連れでお参りする身になれっちゅうの。子供というものは見るもん、触わるもん、見境無しに欲しがんだよ。店出してもいいから、人目につかんように、もっと裏の方で商売やれ!」
「よくそんな無茶言いますね、そんなところで商売して、商売になる訳ないでしょ…ところで、あんた、いったい何しに来たんで………」
「何しにって、この子がアメ欲しいって言うから、買いに来たんじゃないか。おい! アメ屋!」
「なんです?」
「ここにある、この一つ百円のアメ、これ一つ一体いくらなの?」
「……そんなおかしな聞き方しなさんな。一つ百円のアメは一つ百円ですよ」
「ふん、分かりきったこと、偉そうに言うな! それでなに、ここにあるのはどれでも百円?」
「えぇ、これ、どれでも百円です」
「あぁ、そうか。美羽、そんならこのアメ買ってやるわ」
「はい、どうもありがとうございます。数はいくつにしましょ?」
「なにを?」
「いくつ差し上げましょ…と」
「いくつ差し上げましょって、初めから言ってるじゃないか! 『一つ百円のアメ、一ついくらだ』って、一つに決まってるじゃないか! お前、何、数が少なかったら不満か、数が少なかったら売らん、とこう言うつもりか!」
「いえ、売りすよ、売りますよ。あんた、何を怒ってるんですか?」
「いいか、あたしはね、数は少ないけど、ちゃんと現金で払うよ」
「当たり前ですよ。わずか百円のものをローンにできますか」
「こらっ、美羽、手ぇ出すな! 手がベタベタになっちゃうから、あたしが選んでやる。あたしに任しとけ! ………よっしゃ、この青いのにしとけ………なに、青いのは男の子みたいでやだ? そうか?(ペロッ)美味いけどなぁ…… そんなら、この緑のは? 抹茶の匂いがいやだ? そうか?(ペチャッ)これが美味いのに……じゃあ、黒いのは? 苦い?(ペロッ)そんなことないよ……なら、こっちの黄色いの……」
「ちょ、ちょ、ちょっと、お姉さん、そんな摘まむたびに指舐めなれたら、商売もん売れなくなってしまいますよ!」
「なに言ってんだよ! 汚いこと言うな!」
「いや、あんたが汚いんですよ!」
「ほら見ろ美羽、お前がさっさと選ばないから、あたしがアメ屋の親父に舐められてるじゃないか! ゴチャゴチャ言うな、この一番大きい黒いアメ、これにしときな! ほら、百円、受取っとけ! アーンしな。いや、手ェで持ったら手がベトベトになって、服汚すから、口の中にほうりこんだげるから、口開けな……ほれ、これでいい? いい、口の中でろれろれ、ろれろれしときな。噛んだらダメだぞ。噛みやがったら張り倒すぞ。なんでって、当たりまえじゃないか、アメなんてもん、噛むもんじゃないだろ。べろの上に乗してジーッと置いといてみな、甘ーいお汁が湧いて出るじゃないか。これをチュウチュウ吸うてたらいいんだ、これでうちへ帰るまでそのアメもつだろ」
「………クチャ………ペチャ………ムニャ………か、噛まないと……美味いくないなぁ………」
「ごちゃごちゃ言うな!」
「ねぇお姉ちゃん、きょうは初詣だよ? それでなに、百円のアメひとつぅ? こんなけち臭いんだったら、今年もお姉ちゃん、モテないね」
「こンの……黙って歩け!(ゴチーン)」
「うえぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜っ、 うぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ」
「コラッ、この悪ガキのくせしゃぁがって! ドタマどついたくらいで大きな声上げて泣きやがって、アホンダラ!」
「フン、あたし、あたし、お姉ちゃんに頭どつかれたから泣いてんじゃないもん!」
「じゃあなんで泣いてんだよ!」
「お姉ちゃんが頭ゴチンと叩いた拍子にアメ落としちゃった! うぇぇぇん」
「えぇっ、アメ落とした? ほんとに、どんくさい…どこで災難にあうか分からんなぁ……じゃ、アメ洗ってやるから、どこに落とした? ……どこにも落ちてないじゃないか?」
「落としたよぅ! お腹の中にぃ」
「お腹の中ぁ? …って、それ食べちゃったんじゃないか!」

初詣という一席でございます。


解説

元ネタは古典落語「初天神」。

 毎年一月二十五日に天満宮で行なわれる年の初めの祭り「初天神」に出掛けた、父親と息子のやり取りを描いた噺で、元々は上方噺であり、三代目三遊亭圓馬が大正期に、江戸落語に移植して成立した。正月に好んで披露される噺である。。
「苺ましまろ」の舞台になっている浜松市には天満宮がないため、今回はシチュエーションを分かりやすく初詣にする事にした。
「初天神」に登場する子供は実に小生意気であるが、その中に子供らしさがいきいきと見られる。そういう意味では美羽がまさにはまり役と言える。
このままアニメやドラマCDにしてもいいのではないかと思える。


元ネタ「初天神」はこのCDで!


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