School Days萌え落語
「おかふい・スクイズ版」


えー、現代の医療技術というのは大変に高度でございますな。かつては「不治の病」なんて言われていた病気が今ではあっさり治療できるようになっていたりするもんで。
その「不治の病」のひとつに、性の病がございます。よく「乱れる若者の性」なんて事が良く声高に叫ばれている昨今でございますが、まだいいんですよ現代は。
このー、そういう事をしてもらった病気もある程度治るようになってますから。
昔はそうは行きませんで、一度そういう病気に罹(かか)るともう治らないもんでした。中でも見た目がひどいのがあのー、「梅毒」というやつでして。
あれに罹るってえとこの、鼻が、溶けてなくなるんですね。まあ私も医学に詳しくないのでどうしてそういうことになるのかは詳しく存じ上げませんが、鼻がなくなっちゃうんですから、もう外もおちおち歩けなくなりますな。昔は遊郭(ゆうかく)で遊んでくるとそういう病気をもらってくる人が多かったんだそうで。
今はまあ病で鼻がなくなるなんて人はまずいませんが、あまり性欲の赴くままに遊びまわっていると、病は病でも違った意味で病んだ女性にヒドイ目に遭わされたりなんかしますが…。


「誠! どうしていつもそうやって浮気ばかりするの! 私のお腹には誠の子供がいるんだよ! 自覚持ってよ!」
「うるさいなあ! どうして子供なんか出来ちゃったんだよ! オレはそんなつもりじゃなかったのに! なんで責められなきゃいけないんだよ! どうしていいか分からないよ!」
 世界に言葉、乙女に光にその他大勢、浮気性というのは遺伝するらしく、次から次へと見境なく手を出した結果、世界の怒りを買っているわけですが、その自覚が全くない誠はただ自分勝手に喚くだけで取り付く島もありません。
そんな調子ですから、誠のその不甲斐無さに耐えられなくなったのか、世界は次第に体調を崩して寝込むようになってしまいます。


「誠…誠……っ!」
「だ、大丈夫か世界!」
「それが…病院の先生の話だと…あんまり長くないかもしれない、お腹の子も…もしかしたらって……ぐすっ……ひっく」
「世界………。一体どうしたら」
「ううん、もういいの私……誠の彼女になれただけで、それだけでもう充分なの…今まで…ありがとうね」
「そ、そんなこと言うな世界! そんな弱気なこといってたら治る病気も治らないぞ!」
「だって…どうせ治らないんだし……死ぬのは仕方ないわ。でも…」
「でも? でもどうした!?」
「私、ひとつだけどうしても心残りがあって…そのせいで死んでも死にきれないの…」
「それだ、それがいけないんだよ! そういう心に引っ掛かってるものがあるから病気もよくならないんだ。それが解決すればスッとよくなるよきっと! 世界、一体何が気に掛かってるんだ?」
「それが……。誠ってすごく浮気性だから、きっと私が死んだ後にすぐに誰か他の女の子と付き合いだすに違いないわ。私はそれが、もうとにかく悔しくて悔しくて…いっその事、私が死ぬ前にいまここで誠を殺してしまいたい…!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 殺されちゃたまんないよ! わ、分かった! もう浮気しない! 絶対! だから死ぬなんて言うなよ!」
「……本当?」
「ほ、本当だ!」
「あ、あんなところに水着姿の桂さん」
「えっ? どこどこ?」
「……やっぱりぶっ殺す」
「ちょ、おま、そ、それは卑怯だろ世界! とにかく、お前が元気になるなら、オレは今後女と名のつくものはメスネコ一匹膝に乗せないから、お願いだから変な気は起こさないでくれよ!」
「…本当?」
「本当に本当! だから、今日はゆっくり休んで、な? 明日になったらきっと少しよくなってるから」
「わかった…。おやすみ、誠」
「おやすみ、世界」
とまあひとまず大人しく寝入った振りをする世界ですが、相手があの伊藤誠でございますから、やはり安心できなかったんでしょうな。
「やっぱり誠は信用できない。私が死んだら絶対また他の女の子の尻を追い回すに違いないわ。そんなの許せない……! どうしたらいいのかしら……。そうだ! 誠が他の女の子に相手にされなくなるような顔になればいいんだ! …そういえば思い出したわ。誠の親友の澤永、色んな女の子に手を出してたら梅毒にかかって鼻がなくなって泣いてたわね。誠もああいう風になれば…!」
ってンで世界さん、台所に行きますってぇとヌラリと光る包丁を携えて、誠の寝室へ忍び込みます。そしてすやすやと寝息を立てる誠の鼻を、スパッ!
「ギヤァァァァァァァァッ!」
まあ乱暴な奴があるもんで、他の女に取られたくないからってンで男の鼻を削いじまうという、実に怖ろしい女ですな。
「誠が悪いんだよ! 私のこともっと大事にしてくれないから!」
何とも身勝手な言い分ですな。しかし鼻を削がれた誠は大変です。それまでちやほやしてくれていた乙女や光やその他大勢の女子がまるで相手をしてくれなくなり、それどころか町を歩いていると「ねえママー、あのおにいちゃんお鼻がないよー」「こら、見るんじゃありません!」なんて始末で。もうおちおち表にも出られなくなります。家に引き篭って世界の看病をするほかすることがなくなりますな。

その後、看病の甲斐があったのか、それとも病気自体世界の思い込みだったのか、そのうちケロッと世界の病気が嘘の様によくなります。これでめでたく二人は幸せに暮らしました…となれば世話がないんですが、それでは落語になりませんで、今度は回復した世界が鼻のない誠を虐げるようになってまいります。
「おい、へかい、へかい…」
 世界、世界、と言いたいんですが、鼻がないもんですから「へかい」になってしまいます。
「何よ」
「はらがへっへしかなないんだ、なにふぁふぁってひへくれないふぁ?」
 腹が減って仕方ないんだ、何か買ってきてくれないか? です。
「はぁ? アンタなんかダンボールでも食べてればいいのよ! なに泣きそうになってるのよ! こっち来ないでよこの鼻なし!」
 まあひどい扱いでございまして。そのうち罵るだけでなく手や足まで出る始末。今流行のDVってやつですな。こうなってくるとさすがの誠もガマンできませんで、仕返しをしてやろうって事になります。
 とある夜、世界がぐっすりと寝入っている寝室に忍び込んだ誠、自分の鼻を削がれたのと同じ包丁でもって世界の鼻をスパッ!
「キャァァァァァァァァァァァッ!」
 見事二人揃ってめでたく鼻がなくなってしまいました。
 こうなってきますとお互い頼れるのは相手だけになってしまいますから、二人は自然といたわりあうようになりますな。
「いやあ、へかい、いままねおれはおまへにずっともうひわへないことをひてきた。ほんろにふまないとおもっへるよ。これはらはずっといっひょだからな」
 いやあ世界、今までオレはお前にずっと申し訳ないことをしてきた。ホントにすまないと思ってるよ。これからはずっといっしょだからな、と言いたいんですが、鼻がないためにちゃんと声が出ない。
「ほんな、わたひこほまこほのひもちもしらぬにおめんなはい。ほれはらはふはりでささへあっへいひていひましょうへ」
 そんな、私こそ誠の気持ちも知らずにごめんなさい。これからは二人で支え合って生きていきましょうね。
「ああ、へかい、おまへがかわふぃ…」
 お前がかわいい、と言いたいんですが、鼻がないもんですから「かわふぃ」になってしまいます。
「まこほ、あなたがいとふぃ…」
 いとしい、と言いたいんですが、これも「いとふぃ」になりますな。そして二人は強く強くお互いを抱きしめあいまして、
「お前がかわふぃ」
「あなたがいとふぃ」
「かわふぃ」
「いとふぃ」
 などとやっておりますと、ベランダに忍び込んで二人の様子をデバガメしていた泰介、指を差して笑うものの自分も梅毒で鼻がないもんですから、
「ははははは、こいつはおかふぃ」


解説

元ネタは古典落語「おかふい」。笑点の司会だった三遊亭圓楽師匠の師匠、六代目三遊亭圓生の得意ネタ。

ある大店の番頭は女好きが過ぎて梅毒に罹り鼻が溶けてなくなってしまう。
一方その店の主人は若くて綺麗ないい奥さんをもらい仲睦まじく暮らしていた。
しかしある日、夫のほうが謎の病気に罹る。妻の献身的な介護にも拘らず良くなる気配がないので、夫は「私はもう長くないが、私が死んだ後にお前が二度目の亭主を迎えると思うと悔しくて死に切れない。お前の鼻を削いでおくれ。そうすれば男が近寄らなくなる」と言い出します。
 普通の女性なら「そんなバカなことできるか!」と言うんでしょうが、この妻は貞淑すぎるが故に自分で自分の鼻を削ぎます。するとなぜか、夫の病気が見る見るうちに回復していきます。
 しかし夫は回復すると鼻のない女房を疎ましく感じるようになり、ついには暴力を働くようになります。腹を立てたのが女房の親類で、奉行所に訴えると「喧嘩両成敗」と、夫の鼻をその場で削いでしまいます。

 鼻を削がれ外に出られなくなった夫が頼りに出来るのは同じく鼻のない女房だけ。結局二人は元通り仲睦まじく暮らすのですが、ある日番頭が夫婦の会話を盗み聞きします。仲睦まじいのは相変わらずですが、お互い鼻がないために声が抜けてしまい「お前がかわふい(かわいい)」、「あなたがいとふい(いとしい)」となってしまいます。「かわふい」「いとふい」とやっているその様子を見ていた番頭、思わず吹き出すものの、自分も梅毒で鼻がないために「はっはっはっは、こいつはおかふい(おかしい)」。


元ネタ「おかふい」はこのCDで!


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